荘加 大祐 (Daisuke Shoka)

たとえ字が小さくても、図が細かくても、必要な情報だけがすっきりと入っている「筋肉質な資料」なら、それは決して「情報の洪水」ではない。
まずは、とにかく「図や写真で説明する」ということを意識しましょう。伝えたい内容を考えたら、まずはそれを言葉ではなく図や写真で見せられないかを考えてみましょう。
なんだか、矛盾している印象を受けませんか。もう1つ例を見てみましょう。
本文文字とは、本文部のコンテンツに使われる文字を指します。適度な量の情報を盛り込むため、10〜12ptの範囲で設定することを推奨します。
PowerPointでスライドを作る場合、普通に読む文章は18〜32pt、強調したい文字列にはそれ以上の大きさ、逆に重要度の低い文章には18pt以下の小さな文字を使うというのが目安になります。
ここで紹介した4冊は、本屋では同じコーナーに置いてあります。コーナーの名前は「プレゼンテーション」、「パワーポイント」などです。これらのジャンルに属する本を「プレゼン本」と呼ぶことにしましょう。
上の4つの言説はすべて、同じジャンルに属するはずのプレゼン本に書いてあることです。にも関わらず、そこに書いてあることは完全に対立しています。一方は「字が小さくても、それが必要な情報なら問題ない」と言い、もう一方は文字の使用そのものに否定的な態度です。「本文に10〜12ptの文字を使え」と言う人がいたかと思えば、「普通に読む文章は18〜32ptの文字を使う」と言う人がいます。最小値と最大値の差を取れば、実に3倍以上の開きがあります。
なぜ、同じプレゼン本で、ここまで書いてあることが異なるのでしょう?
答えを先に言ってしまうと、想定しているプレゼンテーションのコンテクスト(状況と目的)が違うからです。これらの本はすべて、プレゼンテーションを題材にしているものの、その背景にある「プレゼンテーションのコンテクスト」に対する考え方が異なります。その結果として、スライド作成の方針がバラつくのです。
言い方を換えると、何を伝えるべきか、どのように伝えるべきかは、プレゼンテーションのコンテクストによって変わるのです。よって、プレゼンテーションをするときには、どんな場合でもコンテクストから考えなければいけません。
このエントリーでは、プレゼンテーションのコンテクストを明らかにする方法と、コンテクストに応じてどのようなプレゼンテーションにするべきかを説明します。
なお、分かりやすさと誤解を避けるため、これ以降は
- プレゼンテーション→プレゼン
- プレゼン資料(PowerPointファイルのこと)→パッケージ
と表記します。注意してください。
また、以下のエントリーに、プレゼンスキルの全体像をまとめています。時間に余裕がある人は、以下のエントリーを先に読んでおいてください。
では始めていきましょう。
目次
まとめ
このエントリーは複雑なので、先にまとめのスライドを掲載しておきます。まずはボンヤリでいいので、全体像を掴んでください。
ポイントは以下の2点です。
- プレゼンのコンテクストに応じて、プレゼンの論理性と分かりやすさのバランスを調整する
- プレゼンのコンテクストを決める主要因には、あなたの目的、受け手の質、受け手の数、がある
では、順に説明していきます。
論理性と分かりやすさのバランスとは
まずは、プレゼンのコンテクストに応じて、最終的に何を調整するのかを説明します。
先ほど述べたように、プレゼンのコンテクストに応じて、プレゼンテーションの論理性と分かりやすさのバランスを調整します。もし「論理性」という言葉がピンとこない場合は、一旦「説明の厳密さ」というイメージで捉えてください。具体的な内容は後述します。
見せ方のバランス
では、「論理性と分かりやすさのバランス」とは、何を意味しているのでしょう?
まずはスライドの例で説明します。以下の2枚のスライドを見てください。
この2つのスライドは、受ける印象が大きく違いますよね。その違いを生み出しているのは、スライドの情報密度です。1枚目のスライドはフォントサイズが比較的小さく、画像はどこにもありません。つまり、情報密度が高いわけです。一方、2枚目のスライドはフォントサイズが大きく、画像も使われています。その結果として情報密度が低くなっていることを確認してください。
情報密度が高いスライドは緻密な説明が可能になりますが(=論理性が高い)、分かりにくくなります。一方、情報密度が低いスライドはスライドから得られる情報は限定的ですが(=論理性が低い)、分かりやすくなります。
つまり、論理性と分かりやすさはトレードオフです。両方のいいとこ取りはできません。
よって、スライドを作る際には、論理性と分かりやすさの、どちらをどれくらい優先するかを考えておく必要があるのです(片方に100パーセント寄せる必要はありません)。これが「論理性と分かりやすさのバランスを決める」ということです。
この場合、スライドの情報密度を上げることは「分かりやすさよりも論理性を優先する」ことを意味し、情報密度を下げることは「論理性よりも分かりやすさを優先する」ことを意味します。どちらを選ぶのが正解なのかは、プレゼンのコンテクストで変わります。
伝える内容のバランス
次は、伝える内容(ロジック)に関して同じことを考えてみましょう。
ロジックにおいて論理性と分かりやすさのバランス調整が必要になることとしては、根拠の厳密さがあります。
たとえば、小学生を相手にプレゼンするのに、「このデータを分析した結果、有意差が……」なんて説明はしませんよね。受け手の知的水準が低いなら、主張だけを断言するか、根拠を添えるとしても具体的なエピソード(経験談)を多用するべきです。逆に、知的水準の高い受け手はデータ(数字)を用意しなければ説得できません。しかし、データはエピソードほど分かりやすくはないですよね。
次に、プレゼンの長さもコンテクストに応じて変えるべきです。知的水準が低かったり、プレゼンに対する意欲のない受け手は、複雑な情報を処理するだけの理解力や集中力がありません。ということは、根拠を丁寧に説明してプレゼンが長くなるよりは、ポイントだけを絞って短いプレゼンをすべきでしょう。しかし、ポイントを絞ることは、乱暴な説明をすることと同義です。
このように、伝える内容に関しても、論理性と分かりやすさのトレードオフがあります。
バランスを最初に考える
ここまでの説明で、「論理性と分かりやすさのバランス」が何を意味しているのか掴めたはずです。
見てきたとおり、このバランスはプレゼンの内容にも、伝え方にも影響を与えます。つまり、このバランスはプレゼンのあらゆる側面に影響を与えます。
論理性と分かりやすさのバランスは、プレゼンのあらゆる側面に影響を与える
よって、プレゼンを作り始める最初のタイミングで、このバランスを考えなければなりません。これを怠れば、的はずれなプレゼンになってしまいます。
バランスを決める要因(プレゼンのコンテクスト)
では、論理性と分かりやすさのバランスは、どのように決めたらよいのでしょう?
最初に述べたとおり、このバランスを決めるのが「プレゼンのコンテクスト」です。論理性と分かりやすさのバランスに影響を与える要因をひっくるめたものだと考えてください。
プレゼンのコンテクスト:プレゼンの論理性と分かりやすさのバランスに影響を与える要因のこと
ただ、これではまだ曖昧です。ここからは、プレゼンのコンテクストを構成する要因を、1つずつ見ていきましょう。
要因①:あなたの目的
最初に考えるべきなのは、当然ながらあなたの目的です。あなたは受け手を論理的に説得したいのか、とにかく受け手に「イエス」と言わせたいのか、それを考えてください。
たとえば、社内会議で上司にプレゼンする場合、あなたの目的は「会社としての正しい意思決定に貢献すること」であって、「自分の提案に『イエス』と言わせること」ではありません(少なくとも建前上は)。この場合、プレゼンを論理性に寄せて丁寧に説明するべきです。
一方、営業で潜在顧客にプレゼンをするのであれば、あなたの目的は「契約を勝ち取ること」でしょう。つまり、受け手に「イエス」と言わせたいわけです。この場合、あなたの商品に絶対的な優位性がある場合を除き、プレゼンを論理性に寄せるのは得策ではありません。分かりやすさに寄せて、自社の強みをアピールすべきです。
要因②:受け手の質
次に、受け手の質を考えましょう。これもあなたの目的と同じくらい重要なポイントです。
受け手の質に関しては、最低でも以下の3点は考えてください。
- 受け手はあなたをどう位置づけているか
- 受け手の知的水準はどれくらいか
- 受け手はプレゼンにどれくらい意欲があるか
このうち、知的水準と意欲に関しては先ほど触れているので割愛します。ここでは、「①受け手はあなたをどう位置づけているか」に関して説明します。
これは分かりやすく言うと、「受け手にとって、あなたは権威のある存在か」をハッキリさせるということです。
これを明らかにするには、以下の2つの問いを考えることが有効です。
- 受け手はあなたのことを「先生」と呼ぶか?→「イエス」なら1点
- 受け手には、あなたのプレゼンを中断する権利があるか?→「ノー」なら1点
もし1点でも入ったなら、あなたは受け手から見て権威がある存在だと考えてよいでしょう。セミナーの講師や、大人数相手の商品発表会などがこのケースに該当します。
この場合、プレゼンを分かりやすさに寄せても構いません。あなたには権威があるため、受け手がロジックを無条件に受け入れる土壌ができています。分かりやすさに振ったプレゼンをしても、論理性の欠如を刺される心配は少ないでしょう。
逆に、1点も入らなかったなら、あなたに権威があるとは考えにくいです。社内会議や営業でのプレゼンは、ほぼこちらに該当します。
この場合、プレゼンを論理性に寄せた方が安全です。あなたには権威がないので、相手を説得するには論理に頼るしかありません1。
このように、受け手から見たあなたの位置づけによって、プレゼンを変える必要があります。
ここは特に注意が必要なポイントです。権威がある人のプレゼンばかりが「素晴らしいプレゼン」として世の中に出回るので、権威を持たない人が勘違いして、そのまま真似をしてしまうケースが多いのです。
率直に言って、権威を持たない普通の人にとって、スティーブ・ジョブズやTEDのプレゼンは参考になりません。既に崇められている人と、そうでない人では、伝える内容から伝え方まで、プレゼンのすべてが違うからです。安易に有名人の真似をするのはやめましょう。
要因③:受け手の数
受け手の質と同様に、受け手の数も考慮する必要があります。
現実的な話として、プレゼンの聴衆が数百人もいるなら、プレゼンを分かりやすさに寄せるしかありません。論理性に寄せて情報密度の高いスライドを作っても、聴衆からスライドが見えないからです(スクリーンの大きさや数にもよりますが)。写真1枚のみ、60pt超の文字といった、視覚的に分かりやすいコンテンツでスライドを構成しなければプレゼンが成立しません。
逆から言うと、プレゼンを論理性に寄せてもよいのは、受け手の数が少ないときだけです。もっとも、そもそも受け手を論理的に説得したいシチュエーションでは、受け手が大人数ということはまずありません。真のターゲットとなる受け手を1人に絞り込めることがほとんどです。
要因④:その他
最後に、スライドには含めなかった、その他の要因を紹介しておきます。
- 受け手の好み
- 受け手がプレゼンターであるとき、どちらに寄せたプレゼンをしているか?
- 受け手は普段、どちらのタイプのプレゼンを高く評価しているか?
- 受け手の年齢
- 極端に若かったり老人である場合は、分かりやすさに寄せた方が安全
- パッケージ配布の有無
- 印刷であれ、電子ファイルであれ、パッケージを配布する場合は後から理解できるようにプレゼンを論理性に寄せる(スライドの情報密度を上げる)
このように、多くの要因を評価した上で、プレゼンを論理性と分かりやすさのどちらに寄せるかの決断をしなければなりません。
まとめ
ここまでの説明で、プレゼンのコンテクストを構成する諸要因と、それによってバランスをどう調整すべきかが掴めたはずです。
しかし、難しいのはここからです。諸要因の評価が、論理性と分かりやすさのどちらか一方に偏ることはまずありません。たとえば、社内会議なのに、受け手である社長は視覚的なプレゼンを好む場合は、どうするのがよいのでしょう?
残念ながら、答えは「ケースバイケース」としか言えません。個々の要因がバランスに与える影響は分かっても、総合的な判断はあなたがするしかないのです。
ということで、プレゼンのコンテクストを判断することは簡単ではありません。しかし、冒頭に述べたように、これがプレゼンのファーストステップです。難しくても、必ずここから始めてくださいね。
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このエントリーは、拙著『スライドライティング』の第1章と第4章の内容を抜粋してまとめました。更に詳しく勉強したい方は、書籍の方も読んでみてください。
さらに学習を進めたい人は
ここまで読んでいただき、どうもありがとうございました。コンテクストが定まれば、次に取り組むべきはロジック作成です。ロジック作成を勉強したい人は、以下のエントリーに進んでください。
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感情(情熱)に頼る手もありますが、ほとんどの場合、権威がない人が論理抜きで感情に訴えても、説得は失敗するでしょう。 ↩