顧客・社会へのインパクトとは【問題のインパクト②】

顧客へのインパクト

では、引き続き問題のインパクトを考えていきましょう。残りは顧客へのインパクトと、社会へのインパクトです。

なお、このエントリーは一連の「問題を評価する」シリーズの一部です。以下のエントリーから順に読み進めてください。

では始めていきましょう。

インパクト②:顧客へのインパクト

顧客へのインパクト

インパクトの要素その②は、顧客へのインパクトです。あなたが何らかの問題を解くことで、顧客にどのようなインパクトが生まれるでしょうか?

ここはややこしいので、問題の認識ルート別に、順に見ていきましょう。

顧客へのインパクト①:あなたが問題を発見した場合

まずは問題を発見するルートを考えてみましょう。

問題を発見する

この場合、顧客へのインパクトとは、あなたへの金銭的報酬とイコールであると考えられます1

理由は、あなたが得る金銭的報酬を払うのは顧客だからです。自分で発見した問題を考えるとしても、これは変わりません。価値がないことにお金を払う人はいない以上、発見した問題が顧客へ何のインパクトも生まないなら、あなたへの金銭的報酬はゼロになるはずですよね。

つまり、問題を発見したケースで「自分への金銭的報酬」を評価するためには、「顧客へのインパクトがあるか」を考えざるを得ません。以下のような問いを考えることを通じて、自分の金銭的報酬を見積もることになるのです。

  • 顧客は誰か?(この問題の答えが分かって喜ぶ人はどんな人か?)
    • そのような顧客は何人くらいいるか?
  • 顧客は、この問題に対する答えにどれくらいの価値を見出すか?(いわゆる「ニーズ」)

実際は、考えたことが顧客にインパクトを生んでからあなたへの金銭的報酬になるまでの経路(いわゆるビジネスモデル)はもっと複雑なので、様々なことを考える必要があります。このエントリーでの解説はここまでにしますので、さらに掘り下げたい人は以下のエントリーを参考にしてください。

顧客へのインパクト②:顧客から問題を提示された場合

次に、顧客から問題を提示されるルートです。

問題が他者から提示される

この場合、原則として、あなたが顧客へのインパクトを考える必要はありません。この要素そのものを無視してOKです。当然、評価もしませんし、重み付けもしません。

顧客から問題を提示されるケースでは、「提示される問題」と「あなたが得る金銭的報酬」はセットのはずです(前回説明したとおり、ダイレクトには結びつきませんが)。そうでないと、あなたは人のために自分の頭を使いませんよね。

この場合、「提示される問題が、顧客にインパクトがあるのか」はあなたが考える話ではありません。金銭的報酬に満足できるなら、あなたはどんな問題であれ考えるべきです。

これは例を見たほうが分かりやすいでしょう。Aさんは大金持ち、Bさんは身辺調査のプロだとします。

Aさん
Aさん

アイドルXは本当に誰とも恋愛していないか、ガチガチに調査してくれ。調査期間は3ヶ月。報酬は1億円だ。

Bさん
Bさん

承知しました!(何考えてんだコイツ……)

このケースでは、Aさんは「アイドルXは本当にシロなのか?」という問題が気になって仕方ないわけです。それが1億円もの報酬を払ってBさんに調査を依頼する理由ですよね。つまり、「アイドルXは本当にシロなのか?」という問題は、Aさんに大きなインパクトがあるわけです。

Bさんは、内心ではドン引きしています。「アイドルXは本当にシロなのか?」という問題に1億円をかけるほどのインパクトがあるとは思えないからです。でも、そんなことはどうでもいいですよね。頼まれたことをやれば1億円貰えるわけですから、やるだけです。

ちなみに、Aさんを「一般大衆」に変え、Bさんが受け取る報酬を減額すれば、これはそのまま写真週刊誌の記者やワイドショーのレポーターの仕事が成立する構図になります。そのような仕事をする人は、誰もが芸能人の恋愛や不倫に興味があるわけではないでしょう(私はそういう知り合いが一人もいないので、あくまで想像ですが)。単に、そういうニーズが存在するから、そこにお金が流れて職業として成立しているだけです。

一般論

そろそろ一般化しましょう。顧客から問題を提示されるケースでは、以下の2点を押さえておくべきです。

  1. 問題のインパクトとは、極めて主観的なものである
  2. 「顧客は問題のインパクトを自分で評価した上で、インパクトがある問題をあなたに考えさせている」と仮定して問題ない

これは顧客側の視点に立つと分かりやすいでしょう。あなたがお金を払って誰かに何かをさせるとき、自分にとって価値のないことをさせますか? ありえませんよね。

要するに、顧客から問題が提示されるケースでは、顧客へのインパクトは顧客が決めることです。あなたが心配することではありません。どんな問題にインパクトを見出すかは、人によって違うからです。

Point

顧客から問題を提示された場合、あなたが顧客へのインパクトを評価する必要はない

例外もある

ただし、一般に「先生」と呼ばれる仕事や「プロ」であることを強く要求される仕事は、この原則の例外にあたります。そのような仕事に従事する人たちは、顧客の提示する問題を絶対視せず、顧客の問題を自分で定義したり、再定義をもちかけることが多いです。

最も分かりやすい例は医者でしょう。医者は、私たちが述べる症状を絶対視したりはしませんよね。必ず自分で診察して、診断をします。つまり、医療行為においては、顧客(患者)は曖昧な問題(例:気分が悪い)を持ち込むだけで、具体的な問題とそのインパクトを決めているのは医者です。

他の例だと、コンサルティングのような仕事では「その問題より先に、こっちの問題を考えないと意味がないですよ」といった提案をすることはよくあります。これも顧客の問題を再定義しようとしているわけですね。当然、医者ほどの強制力はないので、顧客との相談になりますが。

ただし、このような例外的な仕事でさえ、中長期的に見れば顧客が自分でインパクトを評価しています。たとえば、ある医者の診断と処方に従っても体調が良くならなかったら、別の医者を探したり、場合によっては訴えたりしますよね。最後まで顧客が自分でインパクトを評価しないことはありえないのです。

結局、原則としては「顧客が常に正しい」と覚えておけば間違いありません。あなたも、自分がどんなことに価値を見出すかを他人に決められたくないですよね。それは誰にとっても当てはまることなのです。

評価をする必要はないが、理解はした方がいい

あなたが顧客へのインパクトを評価する必要はありませんが、なぜ顧客がその問題にインパクトを見出しているのかは、あなたも理解すべきです。これには以下の2つの理由があります。

  1. その方が顧客に貢献できる/やる気が出る
  2. 実社会においては、インパクトのない問題を考えさせられることがある

①は自明でしょう。誰かのために考えるなら、その人のことをよく理解しておくに越したことはありません。

問題は②ですね。先ほど「顧客は問題のインパクトを自分で評価した上で、インパクトがある問題をあなたに考えさせている」と述べましたが、実社会では以下のように、これが成立しないケースがあります。

  • 組織内で伝言ゲームが起きており、本当の顧客(社長など)が考えてほしいと思っている論点が歪んであなたに伝えられる
  • 上司(特に中間管理職)が「部下を考えさせることにはお金がかかっている」という意識を持っておらず、部下を忙しくしておくためにどうでもいい問題を考えさせる

不幸にもあなたがこのような状況に置かれた場合、上司と「その問題を考えることが、誰に、どんなインパクトを生むのか」というレベルで戦えないと、誰にもインパクトのない問題を考えさせられます。これは辛いですよ。

これは先述のような職業/立場上の特性ではなく、単なる組織の機能不全です。率直に言って、あなたの責任ではありません。よって、「お金さえ貰えれば、文句を言わずにインパクトのない問題を考える/考えるフリをする」という対応でもいいでしょう。しかし、そういうことが続くと心が壊れてしまいますよね。できる範囲で構わないので、戦うのがオススメです。

インパクト③:社会へのインパクト

社会へインパクト

最後に、社会へのインパクトを考えてみましょう。

ここは、そもそも「社会へのインパクト」とは何を意味するのかを考えるところから始めないといけません。順に考えてみましょう。

「社会」とは

まず、「社会」という言葉の意味を確認しましょう。前回のエントリーで述べたとおり、インパクト期待値を考える文脈では、「社会」を「あなたと顧客以外のすべて」と定義しました。

Keyword

社会:あなたと顧客以外のすべて

これは要するに、「その他」です。インパクトを網羅的に考えたい関係上、あなたと顧客という具体的な存在以外の人・モノを、すべて「社会」という箱に突っ込んでいるわけです。

「社会へのインパクト」とは

では、そのように定義された「社会」に対するインパクトとは、具体的にどのようなことを意味するのでしょう?

結論を先に述べると、普通の個人が「社会へのインパクト」を具体的に定義することは不可能です。つまり、ここで私は「社会のインパクトとは、具体的にこういうことです」といったことを述べませんし、あなたがそれを考えることもオススメできません。

理由はシンプルで、世の中には様々な人がいる以上、何が社会全体としてインパクトがあるかは決めようがないからです。たとえば、「私が好きな食べ物」を私が決めても誰も文句を言わないでしょうが(言われたら困ります)、「社会が好きな食べ物」を私が決めたら、「おいおい、お前が勝手に決めるなよ」という話になりますよね。同じことです。

Point

普通の個人が「社会へのインパクト」を考えても、そこには正当性がない

現実はどうなっているか

しかし、「普通の個人が『社会へのインパクト』を決めることには正当性がない」という話は、「社会へインパクトがある問題は存在しない」ということを意味するわけではありません。実際、やはり社会問題(=社会へインパクトがある問題)は存在するので、誰かが「何が社会問題か」を決めて、社会として解決に向かう必要があります。どうすればよいのでしょう?

知ってのとおり、現代の民主的な国家においては、社会問題を決めるために「選挙」という手法が採用されています。私たちは選挙を通じて政治家(社会の代表者)を選び、政治家(とその部下である公務員)が社会問題を決め、その解決にあたるわけですね。

言い換えれば、政治家の考える「社会へのインパクト」が、最も妥当性のある「社会へのインパクト」です

もちろん、政治家を決めているのは私たちなので、本質的には「何が社会にインパクトがある問題か」を私たちが(多数決で)決めている、という話です。よくできていますよね。

「社会へのインパクト」の評価方法

準備ができたので、話をインパクトの評価に戻しましょう。上記の前提を踏まえた上で、「社会へのインパクト」をどのように評価すればよいでしょうか?

ここは、以下の2つのケースに分けて考えます。

  1. 顧客(金銭的報酬の出し手)が公的機関であるケース
  2. それ以外のケース

ケース①:顧客(金銭的報酬の出し手)が公的機関である

まず、ある問題の顧客(金銭的報酬の出し手)が公的機関であるなら、その問題は社会にインパクトがあると考えてよいでしょう。代表的な例は、公務員として何かを考えることや、科研費(科学研究費助成事業)です。参考まで、科研費の説明文を載せておきます。

科学研究費助成事業(学術研究助成基金助成金/科学研究費補助金)は、人文学、社会科学から自然科学まで全ての分野にわたり、基礎から応用までのあらゆる「学術研究」(研究者の自由な発想に基づく研究)を格段に発展させることを目的とする「競争的研究資金」であり、ピアレビューによる審査を経て、独創的・先駆的な研究に対する助成を行うものです。

話を戻しましょう。顧客が公的機関だと「社会にインパクトがある」と考えられる理由は、そういう整理になっているからです。

先述のとおり、社会へのインパクトを実質的に定義できるのは政治家だけです。これは「考える」領域においても変わりません。つまり、「何が社会にインパクトがある問題か」を政治家(と公務員)が決め、そのような問題を考える人たちには公金が支払われています

ということで、公金が報酬として払われる問題は、社会にインパクトがあると考えられます。インパクトの大きさは、そのまま金銭的報酬の額で評価するしかないでしょう。他に実用的な方法がありません。

ケース②:それ以外

では、それ以外のケースではどうでしょうか。具体的には、①顧客が存在しない問題か、②顧客が公的機関ではない問題を考えるケースです。

とりあえず、顧客が存在しない問題はただの自己満足なので議論の対象から外しましょう。

誤解しないでほしいのですが、私は自己満足で何かを考えることを悪いとは思いません。単に、世の中の誰も「考えさせるのにお金を出してもいいな/考えた結果にお金を払いたいな」と説得できないような問題を「社会にインパクトがある」と呼ぶのは無理がある、という話です。

残りは、「②顧客が公的機関ではない問題」です。

結論を先に述べると、このケースでは「社会へのインパクト」を考える意味はありません。先述のとおり、社会へのインパクトを政治家でない人間が考えることには正当性がないからです。つまり、「社会へのインパクト」は、インパクトの評価対象からは外れます。

そして、これで何の問題もありません。ここまでは「社会」を「あなたと顧客以外のすべて」と定義して考えてきましたが、これはあくまでインパクトを網羅的に考えるための便宜上の理由です。言うまでもなく、現実にはあなたも顧客も社会の一部ですよね。つまり、お金を払う顧客がいるなら、それは社会にインパクトを生み出しているのです。

この考え方に抵抗がある人も多いでしょう。実際、「どう見ても世の中に害をなしている、合法的な経済活動」を、私はいくつか思いつきます(私の主観的な判断なので、具体例は出しませんが)。あなたもいくつか思いつくのではないでしょうか?

しかし、「ここ数十年、資本主義経済の元で世界は発展してきた」というのは議論の余地のない事実でしょう。そして、資本主義の主役たる民間企業が追求するのは、「社会」という抽象的な存在に対するインパクトではなく、金銭的報酬を払ってくれる具体的な「顧客」に対するインパクトです。どれだけ社会にインパクトがあろうと、具体的な顧客がいないビジネスは成立しませんからね。

要するに、ビジネス(経済活動)は社会にポジティブなインパクトがあるということです。

Point

お金を払う顧客がいる活動は、社会にインパクトを生み出している

まとめ

まとめると、顧客へのインパクトも社会へのインパクトも、最終的にはあなたの金銭的報酬に帰着するということです。他者へのインパクトという抽象的なモノに比べると、あなたが得るお金には「簡単に計測できる」という圧倒的な優位性があります。まずは金銭的報酬を顧客や社会へのインパクトの代替指標とするのがオススメです。

こんなことを言うと「この銭ゲバが!」と罵られるかもしれませんが、これがお金の定義ですから仕方ありません。

お金とは、価値(インパクト)の交換手段です2。ということは、あなたが自分以外の誰か(顧客か社会)に価値をもたらせば、あなたにはお金が流れてくるのです。もちろん、この原則が機能不全を起こすことは多々あるわけですが、総論としてこの原則が正しいことに議論の余地はないと私は思います。つまり、「問題を考える」という領域においても、お金が流れてくる問題が顧客や社会にインパクトを生み出していると考えるべきでしょう。

こんなことは当たり前だと思う人も多いかもしれません。しかし、私は大学生のころ、このことが全く理解できていませんでした。どういうわけか「お金を稼ぐこと」と「社会にインパクトがあること」を対立項目のように捉えて、不自由になっていたなと思います。そんな人に届くといいなと思ってこのエントリーを書きました。そういうわけで、ちょっと銭ゲバ目線に寄せてあります。

インパクト全体のまとめ

今回と前回のエントリーをまとめると、結局のところ問題のインパクトとは、「自分が考えたいことを考えるか(知的好奇心)」、「考えたら誰かに価値が生まれることを考えるか(金銭的報酬)」のバランスに集約されるのではないかと考えています。この2つの足並みが上手く揃ったとき(自分が考えたいことに、他者も価値を見出してくれる)は話がシンプルですが、トレードオフになったとき(自分が考えたいことに、他者は価値を見い出さない)は大変ですね。

私としては、どんな問題でも、考えているうちに興味が湧いてくるものだと思うので、自分の現時点での知的好奇心を絶対視するよりは、金銭的報酬がある程度大きい問題の中で興味が持てそうな問題を探す方がよいと思っています(銭ゲバ目線)。自分が本当に考えたい問題は、お金が貯まってから考えてもいいでしょうし。後は、自分で考えてみてくださいね。

以上で、問題のインパクトに関する解説は終了です。次は解決可能性を考えていきましょう(後日投稿予定)。

また、ロジカルシンキング関連のエントリーは以下のページにまとめてあります。こちらも参考にしてください。


  1. 実際には、あらゆるケースで顧客へのインパクトと金銭的報酬が相関するわけではありません。しかし、金銭的報酬から顧客へのインパクトを測定する以外の現実的な評価方法が存在しないため、このような表現になっています。 

  2. なお、お金には「価値の貯蔵手段」のような側面もあり、それらをひっくるめて「お金とは何か?」ということには議論の余地があります。ただし、少なくとも現代社会においてお金が価値の交換手段として使われていることは間違いありません。